小僧弁天の由来
享保年間(1716-1735)馬橋の萬満寺の小僧、義真坊は大変ないたずら好きで寺男を困らせた。寺男は日頃の恨みを晴らそうと小僧をつかまえ米俵に入れて川に投げ込んだ。古ヶ崎村に流れ着いた小僧の亡骸は円勝寺の住職が丁重に葬って傍らに松の木が植えられた。
その後、古ヶ崎村に白蛇が出現し村人の夢枕で「白蛇は義真坊の化身、弁天に祀り供養せよ」と告げる。のちに村人は小さな祠を建立し「小僧弁天」と呼んだという。寺男2人は熱病で死亡し子孫にも災難が続いたという。
一説には小僧は学業のしすぎで病気になり川に身を投げたとも云う。